ミモザの森のチェシャ猫館
好きなこと好きなだけミモザ☆の日々の想いを綴ります    

「夏夢』大阪5日観劇レポ⑥

そしてヒポリタとシーシアス。
松本ヒポリタはアマゾネスの女王という設定にしては線が細くてたおやかなイメージでしたが
征服された側の悲哀と目の前に突きつけられた苦悩がひしひしと伝わってきました。
公の立場と女性としての立場が共に混じり合って立ち上がるときの重圧ははかりしれないですもんね。
前の『ロミ&ジュリ』の幼くて一途なジュリエットから大人の女性にすっかり変っていてびっくりしました。
静の動きの中に毅然とした意志と気高さが感じられてよかったです~
それでも劇中劇を見ているときの言葉は結構きついこと言うんですよね~ヒポリタさま^^;
こういうところはさすがアマゾネス・・・?
後ろのほうの中年の女性が「アレは何を持っているの?」と同行の人に尋ねる声が聞こえました。
身体的にも精神的にも囚われの身であることを感じてほしかったなぁ・・・
たぶん最後のシーンで解ってくださったと思いますけれど。
ま、足枷より手枷のほうが視覚的にはわかりやすいかもしれないですねぇ。









船戸シーシアスは重みのある支配者という感じでした。
張りのある声もよかったですよね。
あまり感情を入れないやや早口の台詞回しはチクッとしっくり来ないんですけど
堂々とした王の冷静さを感じさせます。
心を閉ざすヒポリタに対しても気持ちを表には出さない慎み深さと、王としてあるいは
勝者としてのプライドを纏っています。
それでも戦いの敗者であるヒポリタに一国の女王としての礼節を失わない態度で接している。

そして職人の若者達による劇中劇です。
ここでヒポリタ様厳しいんですよね。原作読んでいないので正確な台詞は憶えてないんですけど
その毒舌に対してシーシアスが応えているんですね。

その① 「素人芝居期待できそうもないわ」みたいな・・・
     →シーシアス・・・『心栄えで見るものだ

その② 「観るにたえないヮ」
     →シーシアス・・・『想像力で補えばよい

その③ 「あんな月など見たくもない!」
     →シーシアス・・・『あの形を見よ、いずれ消え去ってしまうのだろう

って感じでしたかしら?
ヒポリタがこの哀しくも無残な結末の劇に心を動かされたのは確かだし
『このような哀しい出来事が二度と起きないように・・・』といって心に掛けた枷を外すんですけどね。
本当のところ、このシーシアスの返した言葉に『あらこの人?」と心を惹かれたわけですよ。
自分の心無い感想に対して(仕方ないわね、戦いには負けるわ囚われの身だわ結婚は迫られてるわ)
腹を立てるでもなくやんわりと諭し、拙い若者達の劇を豊かな心でうけとめているシーシアス。
侵略者である敵の王シーシアスの戦いにおける非情さの裏にある寛容と感性の豊かさ、
統治者としての大きさを見たわけです。
でも悔しいから(はしたないしね)それを口にはしないで『このような悲劇が起きないように』などと劇にかこつけてシーシアスに下ったのじゃないかと。
松本ヒポリタは悲しみと苦悩に閉ざしながらシーシアスの言葉に小さく反応したり
僅かに表情を変えて心の動きを細やかに演じられていました。

このお話は結婚のお祝いに上演されたそうなので、たくさんの愛の形と教訓がちりばめられて
いるんですね。
とくにここのところはおもしろいですね。
女は現実的で自分の範囲でしか思考しない狭量なもの(それでもムードは必要よね)
男はそれに対してまともに立ち向かってはいけない。待つこと。
そして寛容と忍耐で受け止め感性豊かな言葉で語れと。

まァ、ヒポリタがシーシアスを試したのかもしれませんけどね。
なぜかって言えば<アマゾネス>の宿命ですよね。倉田さんも仰っています。
女系の国であるがゆえに時に男性と交わって子孫を残さなくてはならないわけです。
女王たるもの優秀で大いなる魂を持つものを選ぶ使命を負うているでしょうから。
そして『消えていく月』の形はアマゾネスの武器である弓の形であります。
ここでヒポリタはわが身と月を重ね合わせて哀しみのうちに決意したのかもしれません。




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